CT Lab

第25章 位相コントラスト CT

本章では、伝播型位相コントラスト法の原理と、Paganin 法による位相回復を説明します。

通常の X 線 CT では、物質ごとの減弱係数 μ\mu の違いを画像のコントラストとして利用します。ただし、筋肉、脂肪、腫瘍、軟骨などの軟部組織は密度が水に近く、μ\mu の差が小さいため、吸収像では区別しにくい場合があります。位相コントラスト CT では、吸収とは異なる物理量を利用して、このような組織のコントラストを得ます。高輝度でコヒーレンスの高い放射光(シンクロトロン)は、この計測に適した X 線源です。

屈折率のもう一つの成分

X 線に対する物質の屈折率は、複素数で書けます。

n  =  1δ+iβn \;=\; 1 - \delta + i\beta

虚部 β\beta が吸収(減弱 μ=4πβ/λ\mu = 4\pi\beta/\lambda)に対応し、これまで測ってきた量です。実部側の δ\delta は、物質を通った X 線の位相をどれだけずらすか(屈折)を表します。重要なのは、軟部組織では δ\deltaβ\beta より 2〜3 桁大きいことです。吸収ではほとんど区別できない組織でも、位相のずれとしてなら大きなコントラストが付きます。位相コントラスト法は、この δ\delta を画像にします。

なぜ放射光なのか

位相のずれを測るには、ビームが空間的にコヒーレント(波面がそろっている)である必要があります。放射光はきわめて明るくコヒーレンスが高いので、試料から少し離して強度を撮るだけで位相の効果が現れます。近年はマイクロフォーカス管球や回折格子干渉計で、実験室規模でも位相コントラストが可能になりつつあります。

位相をどうやって強度に変えるか

検出器が測れるのは強度だけで、位相そのものは直接見えません。もっとも素朴で装置のいらない方法が伝播型(propagation-based)です。試料の直後ではなく、少し離れた距離 zz で強度を撮ります。位相のずれは、試料を出た波面のわずかな傾き(屈折)を生み、自由空間を伝播するうちに境界で光が寄り集まったり離れたりして、明暗のフリンジ(edge enhancement)になります。近接場では、この強度変化が位相のラプラシアンに比例します(TIE, transport of intensity equation)。

Iz    I0(1zk02φ)I_z \;\approx\; I_0\left(1 - \frac{z}{k_0}\nabla^2\varphi\right)

z=0z=0(試料に密着)なら I0I_0、ただの吸収像です。zz を離すほど 2φ\nabla^2\varphi に比例したフリンジが強くなります。境界だけが際立ち、内部は平坦なままなので、このフリンジ像はエッジ検出をかけたように見えます。

コヒーレントビーム試料(弱吸収)検出器z境界フリンジ屈折率n = 1 − δ + iβδβ軟部組織: δ ~ 10³ β

伝播型位相コントラストの測定配置(左)と、軟部組織における屈折率の位相項 δ・吸収項 β の関係(右)。伝播距離 z に応じて境界に明暗フリンジが生じる。

Paganin の位相回復

境界のフリンジを定量的な CT 再構成に用いるには、位相または投影厚みの像へ変換する必要があります。試料を単一物質とみなし、δ\deltaβ\beta の比が一定であると仮定できる場合には、Paganin (2002) の逆フィルタによって、単一距離の強度像から位相を回復できます。

T  =  1μln ⁣(F1 ⁣[F(Iz)1+zδμk2])T \;=\; -\frac{1}{\mu}\ln\!\left(\mathcal{F}^{-1}\!\left[\frac{\mathcal{F}(I_z)}{1 + \dfrac{z\,\delta}{\mu}\,|\mathbf{k}|^2}\right]\right)

分母はフーリエ空間のローパスフィルタとして働きます。伝播によって強調された高周波成分を抑え、位相または投影厚みの分布を推定します。この処理も、第4章の FBP や第17章の MRI と同様に、フーリエ空間での重み付けとして表せます。

単一物質という仮定

Paganin 法は「試料が一種類の物質でできている」という仮定に強く依存します。δ/β\delta/\beta を実際より大きく取るとローパスが効きすぎてぼけ、小さく取るとフリンジが残ります。多物質試料では境界がにじむので、材料ごとに使い分けたり、より一般的な位相回復(複数距離・格子干渉計)に進みます。

シミュレーション:吸収では見えないものを位相で見る

水に近い軟部組織を模したファントムを用意します。大きな臓器の中に、吸収差のごく小さい構造をいくつか置いたものです。左は接触吸収像で、ほとんど平坦です(コントラスト数値の低さを確認してください)。中央は距離 zz で撮った伝播強度で、zz を上げると境界に明暗フリンジが立ちます。右は Paganin 逆フィルタで回復した厚み像で、フリンジが中身の詰まった高コントラスト像に戻ります。同じ試料・同じ線量でも、測る物理量を吸収から位相に替えるだけで、見える情報が変わります。

吸収像(接触, z=0)

WL 0.974 / WW 0.0526ドラッグで WL/WW 調整

伝播強度(距離 z)

WL 0.965 / WW 0.286ドラッグで WL/WW 調整

位相回復像(Paganin)

WL 0.459 / WW 0.919ドラッグで WL/WW 調整
吸収コントラスト2.7%
位相回復コントラスト100.0%

弱吸収ファントムの接触吸収像、伝播強度像、Paganin 法による位相回復像。伝播距離 z と位相回復パラメータに対するコントラストの変化を示す。

画像再構成への適用

各角度で位相回復した投影をサイノグラムとして並べると、通常の CT と同様に FBP や逐次近似法で断層像を再構成できます。通常の CT とは測定する物理量が異なりますが、投影から断層像を求める逆問題の構成は共通しています。

第1章から本章までは、X 線 CT、MRI、核医学、各種トモグラフィについて、測定データから画像を再構成する方法を扱いました。測定する物理量や撮影幾何は異なりますが、フーリエ変換、逐次近似、正則化、統計モデル、学習など、多くの手法が共通して用いられます。続く画像処理編では、再構成後の画像表示、デノイズ、セグメンテーション、レジストレーション、定量化を扱います。

参考文献

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