第24章 電子線トモグラフィ
本章では、電子線トモグラフィの傾斜角制限と、欠損くさびによる伸長アーチファクトを扱います。
電子線トモグラフィ(electron tomography、クライオ ET)は、細胞や分子の立体構造をナノメートルスケールで観察する方法です。X 線の代わりに電子線を用い、透過電子顕微鏡で取得した投影から 3 次元像を再構成します。基本的な逆問題は CT と共通していますが、試料を傾けられる角度が限られるため、3 次元の missing wedge が生じます。
傾斜角が制限される理由
電子顕微鏡では、電子線は装置の中を上から下へ一定方向に進みます。被写体(CT なら患者、ここでは細胞の薄切片やタンパク質)を回すには、試料ホルダごと傾けます。ところがホルダを傾けていくと、やがて隣の構造や鏡筒に当たって、それ以上傾けられなくなります。実用上の限界は ±60〜70° 程度。CT が 180° 以上まわせたのに対し、電子線トモグラフィは 140° 分ほどしか撮れません。
電子線トモグラフィの傾斜シリーズ。電子線の方向を固定し、試料を通常 ±70° 程度の範囲で傾けて投影を取得する。
傾斜シリーズ(tilt series)と呼ばれるこの撮り方は、要するに限定角度トモグラフィです。第22章のトモシンセシスと本質は同じで、測れない角度があります。違いは、こちらが 3 次元の再構成で、欠損が立体的な「くさび」になる点です。
missing wedge
第4章の中心断面定理によれば、傾斜角 の投影は、フーリエ空間における角度 の中心面(2D では中心線)に対応します。試料を まで傾けた場合、その範囲に対応する中心面だけが取得され、残りの はくさび形に欠けます。この欠損を missing wedge(欠損くさび)と呼びます。
フーリエ空間の missing wedge(左)と、画像空間の伸長アーチファクト(右)。欠損した ky 高周波成分に対応して、点像が電子線方向へ伸びる。
2 次元と 3 次元の missing wedge
トモシンセシス(第22章)の深さぼけと、電子線トモグラフィの missing wedge は、同じ原理で説明できます。未取得の角度に対応するフーリエ空間の領域が欠けると、その方向の高周波成分が失われ、構造が伸びて見えます。2D では平面的なくさびですが、3D では電子線方向を軸とする立体的なくさびになります。その結果、細胞小器官の膜などが奥行き方向にぼけ、上下の境界が不明瞭になります。
シミュレーション:missing wedge と伸長
孤立した粒子(金コロイドを模したもの)を 2 次元フーリエ変換し、最大傾斜角で埋められない上下のくさびを 0 にしてから逆変換します。中央のパネルは、くさびが欠けた k 空間そのものです。最大傾斜角スライダーを下げると、欠損くさびが上下に広がり、それに応じて右の粒子が縦(電子線=奥行き方向)に伸びていきます。 まで傾けられればくさびは消えて粒子は点に戻りますが、現実にはそこまで傾けられないので、伸長は必ず残ります。
真の粒子
k 空間(くさび欠損)
再構成
最大傾斜角に応じた k 空間の missing wedge(中央)と孤立粒子の再構成像(右)。傾斜範囲を狭めると、粒子の電子線方向への伸長が増える。
欠損への対応
missing wedge は撮影可能な角度に由来するため、測定データだけから完全に除くことはできません。対応方法には、試料を 2 軸で傾けて欠損を錐状に縮める dual-axis tomography、全変動(第11章)やスパース性を事前知識として用いる再構成、多数の同種粒子を平均するサブトモグラム平均法、深層学習(第13章)による欠損補完などがあります。これらは、低線量 CT やスパースビュー CT に用いられる方法と共通しています。
この章の要点
電子線トモグラフィでは、電子線で取得した投影から、細胞やタンパク質の 3 次元構造を再構成します。試料ホルダの傾斜角が通常 ±60〜70° 程度に制限されるため、フーリエ空間に missing wedge が残り、電子線方向に伸長アーチファクトが生じます。この現象は、第22章で扱った限定角度による深さぼけの 3 次元版として理解できます。欠損の影響を抑える方法には、2 軸傾斜、圧縮センシング、サブトモグラム平均、深層学習などがあります。
参考文献
- Frank J (ed.). Electron Tomography: Methods for Three-Dimensional Visualization of Structures in the Cell, 2nd ed. Springer (2006).
- Lučić V, Rigort A, Baumeister W. Cryo-electron tomography: the challenge of doing structural biology in situ. Journal of Cell Biology 202, 407–419 (2013).
- Mastronarde DN. Dual-axis tomography: an approach with alignment methods that preserve resolution. Journal of Structural Biology 120, 343–352 (1997) — 2 軸傾斜による missing wedge の低減。