第11章 スパースビュー再構成と圧縮センシング
本章では、投影数と標本化の関係、圧縮センシングの考え方、TV 正則化による再構成を扱います。
取得する投影数を減らすと、被ばくと撮影時間を短縮できます。ただし、第4章で扱ったように、投影数が不足すると再構成像に放射状のストリークが生じます。必要な投影数は古典的には標本化理論から決まりますが、2000 年代半ばに登場した圧縮センシング(Compressed Sensing, CS)は、画像の事前知識を利用することで、より少ない測定からの再構成を可能にしました。
標本化の要請
直径 ピクセルの画像を FBP で忠実に再構成するには、およそ
の投影が必要というのが古典的な目安です(Crowther の基準)。検出器の標本間隔と角度方向の標本間隔を釣り合わせる、という Nyquist 流の議論から出てくる値で、 なら約 200 投影で、本教材の標準設定 180 投影はほぼこの水準です。これを下回ると、角度方向のエイリアシングがストリークとして現れます。第4章の「少数投影の星状アーチファクト」は、この標本化不足によるものです。
古典的な標本化理論では、必要な測定数を下回ると情報が不足し、一意な復元はできません。ただし、これは画像に関する事前知識を利用しない場合に限られます。
圧縮センシング
2006 年前後、Candès・Romberg・Tao と Donoho は次のことを示しました。信号が何らかの変換領域でスパース(ほとんどの係数がゼロ)であり、測定がその表現と非整合(incoherent)であれば、Nyquist の要請を大きく下回る測定数からでも 最小化で厳密に復元できます。これが圧縮センシングです。JPEG が画像を数十分の一に圧縮できるのは画像が変換領域でスパースだからで、「どうせ圧縮できる情報しか持っていないなら、最初から少なく測ればよい」と言い換えることもできます。
CT 画像はどの領域でスパースでしょうか。画素値そのものはゼロだらけではありませんが、人体の断面は臓器ごとにほぼ一様な、区分的に滑らかな画像です。つまり隣接画素の差分(勾配)を取れば、エッジ以外はほぼゼロで、勾配領域でスパースです。
CT 画像とその勾配画像・ヒストグラム。勾配画像ではエッジ以外の値がほぼ 0 となり、TV 最小化はこの勾配領域のスパース性を事前知識として用いる。
勾配の大きさの総和、すなわち画像の全変動(Total Variation)を
と書くと(勾配の ノルムに相当)、スパースビュー CT の再構成は次の最適化問題になります。
「測定と矛盾しない画像のうち、勾配が最もスパースなものを選べ」という定式化です。ストリークは勾配をたくさん持つ(いたるところに偽のエッジを作る)ので、TV を最小化する解からは自然に排除されます。
ASD-POCS
この最適化を解く方法として、CT では Sidky と Pan の ASD-POCS(adaptive steepest descent と projection onto convex sets)がよく知られています。基本構造は、第8章の逐次近似ループに正則化を加えたものです。
データ整合ステップ:SART の 1 反復で に近づける(+ 非負制約)
正則化ステップ:TV の勾配方向に小さく降下し、画像を「区分一様側」へ引き戻す
1〜2 を交互に繰り返す
第8章で「逐次近似の本当の強みは事前知識を差し込める拡張性にある」と述べました。ASD-POCS はその最初の本格的な実例です。本教材の実装は、TV 降下のステップ幅を固定した簡略版(src/core/recon/tv.ts)ですが、挙動の本質は変わりません。
シミュレーション:FBP vs SART vs SART+TV
180 投影から 本を等角度に抜き出し、同じデータで 3 手法を比べます。SART 系は 20 回反復します。(全投影の 13%)では、SART+TV は Shepp-Logan ファントムをおおむね復元しますが、FBP にはストリーク、SART には標本化不足によるアーチファクトが残ります。TV ステップ幅 を上げすぎると、プロファイルが階段状になる staircase アーチファクトが現れます。自由描画で細かな構造を増やすとスパース性の仮定が弱まり、TV の効果も小さくなります。
ファントム
サンプリングと正則化
FBP
計算中…SART
計算中…SART + TV
計算中…中心行プロファイル
計算中…スパースビュー条件における FBP(左)、SART(中央)、SART+TV(右)の比較。TV 正則化はストリークを抑えるが、λ が大きいと階段状の過平滑化が生じる。
限界と、その先へ
TV 正則化の限界
TV 正則化は「区分一様」という事前知識を強制する手法なので、その仮定が破れる対象、たとえば微細なテクスチャ、肺野の血管網、骨梁では、本物の構造をアーチファクトもろとも消してしまいます。staircase アーチファクトもその現れです。「もっともらしく滑らかな画像」と「情報として正しい画像」は同じではない、という緊張関係は、正則化を強くするほど鋭くなります。
「区分一様」よりも柔軟な事前知識は、データから学習できます。これは第13章で扱う学習ベースの手法につながります。逐次近似のループにネットワークを組み込む展開型(unrolled)ネットワークは、ASD-POCS とよく似た構造を持ちます。第14章で触れる拡散モデルによる再構成も、学習した生成事前分布とデータ整合を交互に適用します。圧縮センシングは MRI への応用でも発展しており、第19章では同じ TV 反復を、演算子をフーリエ変換に置き換えて用います。
参考文献
- Candès EJ, Romberg J, Tao T. Robust uncertainty principles: exact signal reconstruction from highly incomplete frequency information. IEEE Trans. Information Theory 52, 489–509 (2006) — 圧縮センシングの原典のひとつ。
- Donoho DL. Compressed sensing. IEEE Trans. Information Theory 52, 1289–1306 (2006).
- Rudin LI, Osher S, Fatemi E. Nonlinear total variation based noise removal algorithms. Physica D 60, 259–268 (1992) — TV 正則化の原典。
- Sidky EY, Pan X. Image reconstruction in circular cone-beam computed tomography by constrained, total-variation minimization. Physics in Medicine & Biology 53, 4777–4807 (2008) — ASD-POCS の原典。
- Pan X, Sidky EY, Vannier M. Why do commercial CT scanners still employ traditional, filtered back-projection for image reconstruction? Inverse Problems 25, 123009 (2009) — 逐次近似・CS 再構成の実用化をめぐる冷静な整理。